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広島高等裁判所岡山支部 昭和31年(ナ)2号 判決 1957年4月05日

原告 梶田時一郎 外一名

被告 岡山県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を孰れも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は適式の呼出を受け乍ら、昭和三十一年十二月二十六日午前十時の本件口頭弁論期日に出頭しないので、陳述したものとみなした訴状によると

第一、請求の趣旨

被告が昭和三十一年十月二十三日にした原告梶田時一郎の訴願を棄却した裁決を取り消す。昭和三十一年四月二十五日執行された笠岡市議会議員一般選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。

第二、請求の原因

一、原告等は昭和三十一年四月二十五日当時笠岡市の市議会議員の選挙権を有するもので、原告梶田時一郎は昭和三十一年四月二十五日執行の笠岡市議会議員一般選挙の効力に関し、笠岡市選挙管理委員会に、異議申立をしたが棄却されたので、更に被告に訴願をしたところ、被告は昭和三十一年十一月六日右訴願棄却の裁決を告示した。

二、しかし右選挙の開票については次のような違法があるので本件裁決は取消を免れない。

(1)(イ)  第二十七投票所の投票箱は開票所である笠岡市中央公民館へ送致中若くは送致後選挙会開催迄の間に何人かによつて開函されている。

(ロ)  右投票所で投票した一五二票については開票後投票箱を開きながらその存否を確めず、これを投票箱に残したまま廊下に運び出し、そこに雑然と他の投票箱と共に積み重ねて放置した。この廊下には参観人等が通行し、或る者は投票箱の上に腰をかけ、或る者は投票箱の上にあがつて開票状況をのぞきみしていたのであるから、仮に二人の書記に監視させていたとしても、その監視が果して十分であつたか否かについて疑惑を生ぜしめる。これは選挙の公正を害するおそれがあり、選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合に該当する。

(2)  公職選挙法(以下単に法と略称する)は開票事務は公開主義をとらなければならないとしている。しかるにこの反事実は二つある。

(イ) 前掲一五二票は指定された場所外である廊下に持ち出された。この場合指定された場所とは笠岡市中央公民館全体を指すのではなく、その手続の公正を担保するため即ち公開主義がとられ得る場所で開票され点検されねばならないとするのが法の趣旨である。廊下に持ち出されてはもはや立会人、参観人は十分その手続を監視することはできない。従つてこの間に投票の入替、改ざん、増減等の公正を害する不正行為の介入する可能性が考えられる。

(ロ) 投票は開票管理者により開票立会人全員と共に点検しなければならないのに、右一五二票が追加点検された当時開票立会人のうち島から出ていた者は船の都合で帰り、右点検時刻には居らなかつたので立会人の法定数を欠いだまま点検されている。これは選挙の公正を担保する公開主義に違反するものである。

かかる違反事実の存在は現実に不正行為が行われたと否とに拘らず常に選挙の結果に異動を及ぼす可能性がある。現にこの選挙における候補者の当落は得票差わずか五・九票であつた。

(3)  前記第二十七投票所の投票一五二票は、他の投票所のそれら投票と混同されていない。これは法第六十六条第二項に違反し、且つ憲法第十五条第四項に所謂選挙における投票の秘密を侵すものである。

第三、被告訴訟代理人の答弁

一、主文第一、二項と同旨の判決を求める。

二、原告等主張第一項の事実を認める。

三、同第二項(1)の事実に対し、

(イ)の開函の事実はない、(ロ)の事実につき

残票一五二票(第二十七投票所の投票)は解錠された投票箱にそのまま残され、その投票箱は廊下に積み重ねられていたことは認めるけれども、投票箱の内蓋には封印がしてあるままで、何等内部に異状は認められないし、廊下には市選挙管理委員会の書記二名が配置されて参観人その他一般人の通行を禁じ、厳重監視していて不正行為など行われた事実はない。要するに開票事務に多少の粗漏があつたことは遺憾であるが、結局選挙の結果に異動を及ぼす虞のないものである。

四、同第二項(2)の事実に対し、

開票事務につき公開主義に反したことはない。一五二票の開票点検について何等違法はなく、投票の入替、改ざん、増減等不正の介入は認められないし、開票立会人の法定数を欠いた事実はない。

五、同第二項(3)の事実に対し

投票の点検について第二十七投票所の投票と他の投票所の投票との混同ができなかつたことおよびこの選挙における候補者の当落は得票差五・九票であつたことは認めるが、これがため選挙の結果に異動を及ぼす虞がない。

第四、(立証省略)

理由

原告等主張の第一項の事実は被告の認めるところである。そこで本件選挙の開票につき原告主張の違法があるかどうかについて判断する。

(1)  投票箱の管理

(イ)  原告等は、第二十七投票所の笠岡市議会議員選挙の投票箱は開票所である笠岡市中央公民館へ送致中若くは送致後選挙会開催迄の間に何人かによつて開函されている旨主張しているが、右事実を肯認し得べき何等の証拠もない。

(ロ)  第二十七投票所の一五二票在中の投票箱が外の錠をはずしたまま開票場から運び出され廊下に他の投票箱と共に積み重ねられていたことは当事者間に争がない。そこで原告主張の如き違法があるかどうかについて考えてみるに証人枝広久松、増成匡雄、亀山典之、橋野猛、西山勝、佐藤功、笠原圭二の各証言に検証の結果を綜合すると次の事実が認められる。

本件選挙の行われた各投票所の投票箱は選挙当日右公民館内のホールに集め、徹宵これを監視し翌日右ホールで開票が行われたが、開票管理者であつた笠岡市選挙管理委員長西山勝は開函に先立ち、十名の開票立会人に各投票箱の封印施錠等につき異状の有無を調べさせ、異状のない旨の報告を受けて係員に鍵を渡し一齊に開函させた。そして投票箱内の投票はその傍の点検台上に出してしまい、空箱は逐次「ホール」の南側廊下に運び出して積み重ねた。本件選挙と同時に市長選挙も行われたので廊下に積み重ねられた投票箱は数十あつたが、第二十七投票所の投票箱はホール側の壁に接して四段積み重ねたうちの上から三段目で、その右側は柱に、左側は四段に積み重ねた投票箱に接しているので本件投票箱だけを引き出すことは不可能な状況にあつた。(検証調書添付写真7参照)右廊下の西口の公民館表玄関に近い所には衝立を置きこれに接してその外側に長椅子を積み重ねて通路を完全に遮断し、(同写真2参照)その東口の裏出入口に近い所にも衝立を置き、(同写真3参照)其処には笠岡市選挙管理委員会の坂本書記をして監視させ(同写真5の先方に見える個所)たほか、右廊下から「ホール」への出入口となつている処にも右委員会の平井書記をして監視の任にあたらしめ(同写真5の手前に見える個所)て選挙事務関係者以外の一般人の出入を厳禁したので、報道関係者でも廊下に立入つたものはなく、まして一般人が右廊下に立入つた事実は全くない。

他に右認定を覆えすに足る証拠はないので、投票箱の管理に関する限り原告等の主張するような違法はないものといわねばならぬ。

(2)  原告等のいわゆる公開主義の違反

(イ)  前記認定事実によれば、原告等の主張するような不正行為の介入する余地は全くなかつたものと解するのを相当とする。

(ロ)  前記(1)の(ロ)挙示の証拠を綜合すると、(一)開票点検の結果同日午後二時半頃になつて投票数と開票数とに約一五〇票の差のあることが判つたが、その時には未だ疑問票とか按分票とかが残つていたので、計算違いではないかと何回も計算した結果開票数が投票数に一五二票不足であることが確定した。(二)午後五時半頃右不足数は第二十七投票所になつていた片島地区の投票数と一致することに気付き、選挙事務に従事中の係員笠原圭二が石丸選挙管理委員と共に右廊下に積み重ねられてあつた本件投票箱を取り出して振つてみると音がしたので手提帯を提げようとしたところ、はずれたため外蓋をとつて内蓋の中央にある投票口から覗いてみると投票用紙が見えた。(三)そこでその箱をかかえて、開票場の自席にいる前記西山の前に持参して右の次第を報告した。同人は開票立会人十名に対し事の次第を説明してその処置を諮つたところ、立会人の一人が調べてみて不足数と合致していたら投票数を追加してもよいとの意見を出し、他の立会人も皆これに賛成したので、右投票箱を点検台に運び内蓋の封印を切り錠をはずして調べたところ丁度一五二票あつた。そこで、点検に移り、疑問票をも加えて午後六時半頃には全部開票が終り、按分票の計算にかなりの時間を要したが午後十時前頃には各候補者の確定得票を発表し、十時頃には全開票事務を終了した。(四)しかし午後八時十分頃には既に開票立会人の任務も終り、所要の書類に押印するだけとなつていたので、増成匡雄、枝広久松の両名はバスの時間の都合上前記西山勝の許可を得、同人に印章を托して帰宅したが、他に開票事務の終了するまで中途で帰宅したものはなかつたことを認め得べく他に右認定に反する証拠はない。

従つて右一五二票が追加点検された当時開票立会人の法定数を欠いたまま点検されたことを理由とする原告等の主張は採用し得ない。

(3)  他の票と混同しないことの違法

第二十七投票所の投票一五二票と他の投票所の投票とを混同することの出来なかつたことは被告の認めるところであつて法第六十六条第二項に違反することは明白であるけれども、この違法がなければ選挙の結果がちがつてくるとはとうてい考えられないから、これを以つて選挙無効原因とすることはできない。また右違反は憲法第十五条第四項に所謂選挙における投票の秘密を侵すものであるとも認め難い。ここにいう投票の秘密とは秘密投票の原則をいい、それは選挙人が投票するに際しては、その自由意思によつてなされることを保障するため、その投票内容が直接外部に判明せしめないようにする趣旨と解すべきであつて右混同開票の規定も間接にはこの原則にそうものではあるけれども、これにより本件第二十七投票所で投票した選挙人の投票の秘密を直接侵したものとはいわれない。

以上の次第で被告のした本件裁決には違法の点なく、これが取消および本件選挙の無効宣言を求める原告等の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 菅納新太郎)

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